Cosmochemistry
宇宙化学
「初期太陽系における非晶質Mg-Feケイ酸塩ダストの熱進化」
我々の住む地球は,太陽という恒星を中心とする太陽系の一部です.現在の太陽系には,見た目や素材が全く異なるさまざまな天体が共存しており,私は小さいころからその個性豊かな太陽系のすがたに美しさや憧れを感じていました.
そんな太陽系ですが,実は地球のような惑星ができる以前は,太陽の周りをガスや固体粒子(ダスト)が回転してこの絵のような初期太陽系円盤をつくっていたと考えられています.実際に,太陽系外の生まれたての恒星を取り囲むダストの円盤がここ数年でいくつも観測されています(➡ 観測例).
私が興味を持っているのは,多種多様な天体が存在する現在の太陽系ができるまでに,この円盤の中あるいはそれ以前に,どのように物質が変化していったのかということです.最新の電波望遠鏡による観測や計算機シミュレーションといったアプローチだけではわからなさそうな円盤の温度・圧力・組成といった物理化学条件について,物質科学という切り口から明らかにできると期待しています.
初期太陽系円盤の物質のなかでも,固体であるダストが進化してできた岩石については,たまたま地球へ落ちてきた小惑星の欠片である隕石,あるいは2020年12月に小惑星リュウグウから地球へ石を持ち帰った「探査機はやぶさ2」のようなサンプルリターンを用いることで,手に取って詳密に分析することができます.これによって得られる多くの情報を,室内実験で得られる平衡状態での物質の物理化学的パラメーター(融点,化学組成など)および非平衡状態での反応速度論的パラメーター(活性化エネルギー,拡散係数など)と照らし合わせることで,その岩石の生成環境あるいは変成履歴を推測できます.
円盤のダストが集積して岩石,小惑星(微惑星),そして地球のような天体になる過程を解明するうえで,カギとなる物質がいくつかあります.その一つが,地球の岩石の大部分を占めるケイ酸塩です.
ケイ酸塩は,地球に落下する隕石の約8割を占めるコンドライトという種類の隕石の構成物として,最も主要なものです.それは炭素質コンドライトと呼ばれる,ほとんど熱や水や衝撃による変質を受けていない,すなわち太陽系初期の状態を残した隕石についても同じです.炭素質コンドライト中で,ケイ酸塩は様々な形で存在しています.コンドリュールや CAI(Ca, Al に富む包有物),AOA(アメーバ状かんらん石集合体)と呼ばれる構成物は主にケイ酸塩などの結晶からなります.また,それらの隙間を埋めている非常に細かい粒子はマトリックスと呼ばれており,これにはケイ酸塩の結晶だけでなく非晶質も含まれることが知られています.
一方で,赤外天文観測からは星間空間のケイ酸塩ダストがほとんど非晶質であることがわかっているため,太陽系初期にその一部が結晶化して,一部が非晶質のまま残ったのだと考えられます.円盤あるいはその後の微惑星(=隕石母天体)内部での加熱によって起こったと考えられる結晶化が,ある温度でどのくらいの時間をかけて進むのかを調べることによって,逆にケイ酸塩ダストが円盤や微惑星内部でどのくらいの温度を経験したのかということが推定できるわけです.
実験には,初期太陽系円盤を模擬した低水蒸気圧環境を達成できる装置を用いました.この中に非晶質ケイ酸塩ダストの模擬物質を置いて加熱することで,生まれたばかりの太陽系内縁部で起こった現象を再現しました.
この実験結果から,円盤の寿命である数百万年の間に非晶質のMg-Feケイ酸塩 (MgFeSiO4) が結晶化を免れるためには,約 600 K (~330°C) 以上の温度を経験してはいけないということが明らかになりました.すなわち,少なくとも非晶質のMg-Feケイ酸塩を含むような隕石は,その母天体などで 330°C 以上の温度を経験したことがないということです.これはMgケイ酸塩 (Mg2SiO4) に比べて約 100°C 低い温度であるため,ケイ酸塩中のFe濃度が結晶化に大きな影響を与えているのだと考えられます.
このように,太陽系が円盤だったころに起こった物質移動や化学反応を順番に,かつ丁寧に理解していけば,太陽系の惑星たちや小天体が何故こんなにも様々な性格をもっているのかという素朴な疑問の答えに向かって,着実に近づくことができると信じて研究をしています.